鉄観音名前の由来

鉄観音の名称の由来には二つの説があります。

清乾隆帝

乾隆年間(1736~75年)に安渓の書生、王士涼は友人との集まりに出かけました。その途中、観音山の麓に見つけた美しい枝ぶりの茶木を持ち帰り、白宅の 庭で丁寧に世話をしました。

茶木は日々に生長し、王士涼はその茶葉を摘み取り、製茶 して飲んでみました。
するとすばらしい□当たりで、当時の烏龍茶にも勝ることに気づき ました。

その年、王士涼は宰相に拝謁した際に茶葉を持参し、これを乾隆帝に献上しまし た。乾隆帝も非常に喜ばれ、茶葉の外形が観音菩薩のように美しく、重量があることを鉄に讐えて「南岩鉄観音」と命名されました。

魏飲

もう一つの言い伝えも乾隆年間です。安渓の信心深い茶農の魏飲は、数十年間欠かすことなく、清茶を観音菩薩に供え続いていました。

ある夜、夢の中で、裏山に観音菩薩が現れました。菩薩の前にひざまずくと、岩壁の上に、一本の茶木が風にそよいでいました。手を伸ばして摘もうとした瞬間夢から覚めました。その茶木が忘れられず山へと探しに行くと、山奥に夢と同じ茶木を見つけたのです。魏飲は数片の若葉を摘んで持ち帰り、それを製茶して飲んでみました。

そのすばらしい昧わいは、まさにお茶の中の王様とも思えるほどでした。
翌日魏飲は、この茶木を挿し木で増やそうと再度山へ行きました。鉄鍋に植えて持ち帰ったため、茶葉の風味が以前とは異なっていましたが、この茶葉を大切な客人があるたびに賞味してもらうと、誰もが賞賛しました。

ある日一人の塾師がこの茶を昧わい、その甘く豊かな味わいに感嘆し、茶葉をどこで手に入れたのか尋ねました。魏飲は夢の中のことを塾師に話して聞かせ、また茶木を見つけ た岩壁が羅漢に似ていたことから「鉄羅漢」と名づけたいと言いました。塾師はしばらく考えて、この茶木は、魏飲の日頃の信心に感動した観音からの贈り物であり、鉄鍋の中で茶葉の性質も鉄のように厚みを持ったのだから、「鉄観音」とするのがよいと提言しました。魏飲もすぐに賛同し、この名称が広まったとされています。

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